義父とのお別れ

去る3月20日、義父が他界した。

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義父は肺がんを患っていた。去年の夏頃頭痛を感じて詳しく検査してもらったら、既に進行が進んでいて、リンパを通して脳にも転移してしまっていた。それは除去してもらったけど、それからしばらくの間入退院を繰り返していた。

今年に入って再入院し、再度手術を受けてからは体力的にも弱って見えた。
2月に入ってからは、普段の受答えも難しい状態だったけど、それでも懸命に病と戦いながら頑張ってみえた。

3月に入ってから、通常の病院からホスピスに転院された。
個室でゆったりした空間で、義母や娘のジョン、孫たちの顔を見るのが楽しみだったと思う。


ジョンの話だと、例えば交通事故みたいに昨日までピンピンしてる人が急に亡くなるのとは違い、ある程度心の準備ができていた部分では、まだ救いがあったと言う。そうは言っても、やはり長年育ててくれた実の親が亡くなる気持ちは察するに余りある。

俺にとってはジョンと結婚する前にお会いしたのが初めてだから14年くらい前になる。結婚が決まり引越しをするとき俺のワンルームの部屋に手伝いに来てくれて、一緒にタバコを吸いながら、車や野球の話をしてたのが最初の思い出。

それからは経済的にも、子供たちの御爺ちゃんとしても、本当にお世話になり、いろいろ支えてくれていた。今こうしてジョンと生活できるのも、結婚を許してくださったおかげだし、困ったとき本当に色々と支えてもらえたお陰だと思う。


今日までの出来事を綴っておこうと思う。

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3月19日

ポンの卒業式。式が終わってからそのままの格好で義父のお見舞いに行って、晴れ姿を見てもらった。
そこで先生に「よく今日まで頑張ってこられました。娘さん、お孫さんの晴れ姿を見られて本当に安心されたこととおもいます・・」って話を聞いた。


3月20日(土曜)

いつものように昼間ジョンたちがホスピスにお見舞いに行き、一旦帰ってから、容態が急変と連絡が入る。夕方だったので俺も事務所に戻らずにホスピスに急ぐ。
ジョンたちが到着してしばらくした午後7時過ぎ、息を引き取られた。
俺が到着したのはその数分後だったと思う。

がんと戦いながらも、苦しみぬいてってかんじではなく、比較的安らかに眠っていかれたと思う。それが救い。

早速葬儀社の人が来て、あれこれと打ち合わせを始めていた。
俺が子供たちをつれて帰り、ジョンは夜中に帰ってくる。


3月21日(日曜)

この日、ホスピスから斎場に移動。日柄の関係でこの日は通夜は行わないことになり、俺も普通に夜まで仕事を片付けて帰った。


3月22日(月曜)

この日通夜が行われる。通夜は夜6時からだけど事前に準備がいろいろあるので、早めに会社を出る。午前中現地案内を済ませてからそのまま斎場に向かった。

最近できたばかりのきれいな新しいところだった。カーナビに出てこないんで一瞬焦ったが、まあすぐに分かった。最近流行の「家族葬」むけの小さいホールがある。
実際今回は義父の意向もあり、義父の兄弟夫婦とウチの両親、ごく親しい親類のみで行われた。

人数が少ないので受付を手伝う。少人数なのでスムーズに進む。ジョンは葬儀社の人との打ち合わせで忙しそうなので俺とポンとで一緒に進める。ついでに最終的に香典を勘定するのもポンがやってくれた。よく働く。助かる。

通夜終了後、親戚の人たちが帰ってからは、少しホッとしてくつろぐ。
ジョンと家に着替えを取りに行きついでにコンビニで夜食を買い、みんなで食べて過ごす。

俺は今日23日朝からどうしてもはずせない取引があったので、みんなと一緒に宿泊せず、一人家に帰り休む。っていってもそんなにダラダラできなかった。時間ないし何より気が張っていた。


3月23日(火曜)

そいで朝9時から銀行で引渡しの取引。準備もあるので8時頃から会社に行き、無事に済ませた。ただチョットトラブルもあって思ったより時間がかかってしまい、終わったのは11時過ぎ。

今日は告別式。11:30のスタートには少し遅れた。
昨日斎場に置いておいた喪服に着替えて参列した。なんとか焼香には間にあったし、出棺の際もちゃんと立ち会うことが出来た。最後にお顔を拝見してお別れした。

バスで火葬場まで行き、受付を済ませて最後のお別れをする。
最後まで整うまで約2時間。待ってる間暇だった。こんなとき俺は座ったままでもどこでも寝れる。

拾骨を行い、今度は興正寺に行き、初七日の法要も済ませた。
いつもメッシュと楽しく出かける興正寺が今日はまた別の趣だった。・・・雨もざーざー降ってるしな。
いつものように犬を触ることもなく、再度斎場に戻る。


そこで会食をして、喪主である義母が挨拶をして終了。


本当に義母もジョンもずっと緊張をしっぱなしで疲れたことだろうと思う。
滞りなく終わり、ほっとしていると思う。

今はまだ気が張っていると思うけど、どっと疲れてしまうことと思う。


とりあえず明日休もう。
みんなお疲れ様・・・。

この記事へのコメント

2010年03月23日 22:22
ジスさん
このたびは
義父さまのご冥福を心よりお祈りいたします。
ご家族に看取られて、きっと空から皆様のことを
見守っておられることと思います。
まだまだ、いろいろ大変だと思いますが
お体にお気をつけてください。
ご家族様にも・・・
2010年03月24日 00:11
サイドバックさんこんばんは。

お悔やみを頂きありがとうございます。
最後まで頑張っていたと思います。そして孫の晴れ姿を見て安心したのでしょうね。安らかに旅立っていかれました。

とりあえず水曜は休めそうなので一安心です。
ありがとうございました。
2010年03月24日 08:02
お義父様のご冥福を衷心よりお祈りいたします。

心身ともにお疲れのことと存じます、どっとお疲れが出るときでもありますからくれぐれもご無理なさいませんように。
ジョン様は、がっかりなさったことと思います。十番とはいえ自分の実の親を送るというのはやはり過酷な現実です。
くれぐれも御身大切になさってくださいませ。
2010年03月24日 15:31
見張り員さんこんにちは。

お悔やみを頂きありがとうございます。
ある程度心の準備が出来ていたとはいえやはり現実は寂しいものでした。滞りなく葬祭も終わり、少しだけ休めるかんじです。幸いなことに本日は私は仕事が休みだったので少しゆっくりできました。
ジョンも辛いことと思いますが、私に出来ることは手伝えればと思います。

ありがとうございました。
サユリ
2010年03月24日 19:01
お義父さんのご冥福心よりお祈り申し上げます。
自分のじいちゃんの事を思い出して涙が出てしまった。
ジョンさん大丈夫?きっと疲れも一緒にどっと出てくるだろうから気を付けてね。
ジョッコスンも頑張りすぎないでね。
2010年03月24日 21:46
サユリさんこんばんは。

お悔やみありがとう。
サユも悲しい思いをしてきたんやね。いつでも人との別れってのは寂しいな。
ジョンは今のところわりと元気に動いている。まだまだいろいろやることあるみたいだし。エライなって思う。俺も明日からまた仕事。がんばらんようにぼちぼちやってく。

ありがとうね。
ヒロシオ
2010年03月24日 23:38
こんばんわ。
お義父様のご冥福を衷心よりお祈りいたします。
そうですか・・・
そんな事があったのですか・・・。
奥様、相当落ち込んでるんではないですか?
いろいろと忙しくて大変だとは思いますが、
しっかりとジスさんが支えてあげて下さいね。
2010年03月24日 23:43
ヒロシオさんこんばんは。

お悔やみありがとうございます。
そうなんです。ここ何日かでめまぐるしい変化の毎日でした。仕事の合間を縫って葬祭に参加し、ジョンや義母のことも心配でした。幸い、まだジョンは気が張っているようで、激しく落ち込んでいる様子でもないのが救いです。

お心遣いありがとうございました。
もじゃ
2010年03月27日 00:22
お疲れ様です
お義父様のご冥福を衷心よりお祈りいたします。

仕事に、お義母様、ジョンさん、子供の世話やケアが大変だと思いますが頑張って下さい。
2010年03月27日 00:25
もじゃさんこんばんは。

お悔やみと労いを頂きありがとうございます。
確かにいろいろ大変なときです。でもジョンは思ったより強いです。むしろ俺のほうが元気付けてもらってるようなかんじです。

ご心配頂きありがとうございました。
2010年03月27日 16:21
ジスさん、こんにちは。
お義父様のご冥福を衷心よりお祈りいたします。
いろいろと大変でしたね。わかってはいても別れは本当にツライと思います。
お仕事もお忙しく、ジスさんの体調が心配ですがどうか気を落とさずに乗り切って下さい。
そして、奥様こそとっても悲しんでいらっしゃると思いますが、ジスさんがやさしく見守ってくだされば大丈夫だと思います。
jhonkosu
2010年03月27日 20:22
マミーさんこんばんは。

お悔やみを頂きありがとうございます。
なんだか大変な一週間でした。ある程度前から心の準備はできていたと思いますが、それでも実際に葬儀に参加して涙ぐむ皆さんを見ていると、本当にお別れなんだなって思い寂しい思いをしました。

年度末でバタバタしてはいますが、何とかのりきっていきたいと思います。
また近々以前のように訪問させていただければと思います。

ありがとうございました。

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